勝手に2本立て:音楽が主役(あるいは名脇役)の映画

Amazon Prime videoで新しい地図が主役の「クソ野郎と美しき世界」と韓国映画「Sunny 永遠の仲間たち」を見ました。

狙ったわけではないのですが、共通点はある意味音楽が主役、あるいは名脇役という点です。

「クソ野郎と美しき世界」はなんというか一言で言うと大人のアイドル映画です。しかし/そしてこれは褒め言葉です。本来ならばもはやアイドルは卒業してスターとしてスター映画の主役を張れる3人が敢えて映画の中で歌う(草彅さんだけはちょっと違うスタンスでしたが)。アイドル映画というものを映画の中でアイドルがアイドルとして歌い踊る映画、と定義するとこれは作り手側もあえてそれをやろうとした映画であることは間違いないですし、そしてそれは成功しています。これも映画なんだ、こういう映画も映画なんだよ、という想いを感じました。もちろんその時点での彼らの状況というものが背景にあり、見る側もそれを意識して見ます。それもアイドル映画の条件といえるでしょう。今回のケースでいればまさに彼らの再スタートという状況であり、特に「歌」について言えば今までの歌を歌えなくなった、という状況です。いうまでもないですが香取さんのパートはまさにそれを象徴しています。

一方の「Sunny 永遠の仲間たち」は当時(80年代)のヒット曲が映画全体のBGMになっています。もちろん韓国のヒット曲は私はわかりませんが、いわゆる洋楽と邦楽が違和感なく共存していた、という状況は80年代の日本もそうでしたし、当時を知る年代、当時中高生だった年代には刺さるものがあります。しかし単なるノスタルジーではなく、今の現実も同時並行で見せているところがこの映画のキモですし、だからこそ大人になること、なったことの喜びというか成長感というものも感じさせてくれます。ノスタルジーをノスタルジーとして処理できるようになった、今の不幸やままならなさも受け入れられるようになった、かつて聞いていた音楽は今も存在している。今のラジオで流れている。ノスタルジーでもあるし、今だからわかるその音楽としての良さもある、という意味においてです。