社会派犯罪映画の原点にして到達点としての松本清張×野村芳太郎

以前勝手に2本立てのコーナーで韓国映画を2本紹介したのですが社会派犯罪映画と言えば今では韓国映画ですが、このテイスト、かつての日本映画にもあったはずだな、と思い、松本清張原作、野村芳太郎監督の「鬼畜」をアマゾンプライムビデオで見直しました。

結論から言うとこの「エグさ」は全然古くないと言うか今だからこそエグさが響きます。「砂の器」が名作なのは言うまでもないですが、松本清張原作、野村芳太郎監督のこの時代に一連の作品は今改めて再評価されてしかるべきでしょう。エグいところはエグく、感動させるところは感動させるし考えさせるところは考えさせる、原作、脚本、撮影、編集、音楽といった映画としての構成要素が全てしっかりとしており、俳優陣の演技というか存在感もすごい。犯罪映画、犯罪小説には背景として社会や地域間、階層間の格差というものがある程度必要で、昭和という時代はそれがある程度はっきりしていたから、そして今韓国映画がそれができるのは今の韓国はそれがはっきりしているからなのかな、などとも考えましたが、しかし今の日本でも形や見え方こそ変わりましたがそれはあるはずです。今の時代でも多少アプローチは変わるでしょうがテーマは共通しているはずです。