勝手に二本立て(3):「哭声」と「お嬢さん」

またもや休日を利用して勝手に二本立てをアマゾンプライムビデオでみました。

今回は韓国映画の二本立てで「哭声(コクソン)」と「お嬢さん」です。

「哭声」については以前見た「チェイサー」の監督の作品だったので見ました。この映画の魅力は一言で言うと國村隼氏の存在感に尽きます。「よそ者」感を体現(演技というよりも存在感という意味で)するとこうなるのでしょう。その意味で目を光らせたり特殊メイクをしたりする演出は、見ている側にはそのように見えると言う意図なのでしょうがちょっと余計だった気もします。

一方の「お嬢さん」にはやられました。このテーマでこんなに爽快感を与えてくれるとは!

「オールドボーイ」「親切なクムジャさん」「渇き」とパクチャヌク作品は好きなのですが、これは個人的には今までのパクチャヌク作品でベストです。映画であるということを最大限に利用しているというか、作品の中に引き込むと同時にこれは映画ですよ、フィクションですよというメタ的な視点も入れることで息も抜かせる。ストーリー自体が二重、三重の話なのだが、映画としても二重、三重の構造になっている。いわゆるエロ映画として扱われかねない題材でありながらそうではない、これは女性を性の対象から解放しようとする映画である。しかしこれを見るものにはエロ目当ての者もももちろんいるしそれ自体を否定する映画でもない。それをも肯定し解放する映画でもある。